ヤクルト一筋25年、通算188勝を挙げた石川雅規投手が10月3日、神宮球場の中日戦で引退試合に臨みました。46歳の左腕は7回に代打で打席へ立ち、8回には救援登板。最後のマウンドでは打者1人を空振り三振に仕留めました。試合はヤクルトが1-3で敗れましたが、神宮では188発の花火など、長くチームを支えた投手を送り出す演出が行われました。
最後の打席は三塁フライ、最後の登板は空振り三振
NPB公式の試合経過によると、石川投手が打席に入ったのは7回裏の1死走者なしの場面です。松下歩叶選手の代打として登場し、中日の先発・髙橋宏斗投手と対戦。0ボール2ストライクから打った球は三塁フライとなり、現役最後の打席で安打は出ませんでした。
続く8回表には、高梨裕稔投手に代わってマウンドに上がりました。先頭打者を1ボール2ストライクから空振り三振に仕留め、清水昇投手と交代。打席に立ってから守りのイニングで投げる形で、最後の出場を終えました。
試合は中日が2回に2点を先行。ヤクルトは4回に増田珠選手の適時打で1点を返しましたが、中日が7回に犠牲フライで追加点を挙げ、3-1で勝ちました。公式記録の試合終了時刻は20時54分、入場者数は29,328人です。
神宮に花火188発、チームも背番号19で送り出す
日刊スポーツによると、5回裏終了時には石川投手の通算勝利数と同じ188発の花火が打ち上げられました。この日は池山隆寛監督ら首脳陣と選手たちが背番号19を着けて試合に臨んでいます。長年親しまれた背番号と勝利数が、引退試合の演出にも使われました。
球団は引退試合の特設ページで、来場者向けの応燕ボードや引退記念クリアファイルの配布も案内しました。試合後のセレモニーにはオリジナル映像、花束贈呈、本人のあいさつを予定すると発表。投球だけでなく、ファンが感謝を伝えられる機会も設けています。
3つの数字で整理する石川雅規の歩み
- 25シーズン:2002年から2026年までヤクルトでプレー。プロ1年目は12勝を挙げ、セ・リーグ新人王に輝きました。
- 188勝:通算勝利数。引退会見では目標だった200勝について、そこを目指していたからこそ188勝まで積み重ねられたと説明しました。
- 24年連続勝利:2002年から2025年まで毎年勝利。球団の特設ページは、2025年の達成をプロ野球新記録として紹介しています。
同じ「長く続けた」という実績でも、25シーズンは現役期間、188勝は通算の勝利数、24年は連続して勝ったシーズン数を表します。今季の引退試合で新たな勝利は付かず、勝利投手は中日の髙橋宏斗投手でした。
球団が紹介する経歴には、2008年の最優秀防御率、2015年のリーグ優勝への貢献、2021年の日本シリーズでの勝利も並びます。新人時代の活躍からチームの優勝まで、異なる時期に実績を残しました。
167センチの左腕が語った200勝への思い
石川投手は1980年1月22日生まれ、秋田県出身。秋田商高、青山学院大を経てヤクルトに入り、身長167センチの左腕として長く先発を務めました。球団は9月2日に引退会見を開き、本人のコメントを公開しています。
会見では、200勝に届かなかったことだけでなく、その目標が勝利を積み上げる力になったと振り返りました。188勝に加え、194敗という数字にも、何度もマウンドを託された結果として誇りを持っていると語っています。勝利と敗戦を合わせて受け止める言葉に、長い現役生活への思いが表れています。
会見と公式動画で振り返る25年間
球団公式サイトには引退会見の全文と特設ページの年表が残っています。公式Xは9月3日、会見の舞台裏とファンへのメッセージを収めた動画を案内しました。引退試合の結果と、本人が現役生活をどう振り返ったかを併せて確認できます。
後輩への言葉として石川投手が挙げたのは、基本となるキャッチボールを毎日大切にしてきたことでした。毎日の積み重ねを重視した会見の言葉と、球団が整理した年表は、25年間の実績をたどる手がかりになります。
参照した情報源
- 試合速報 東京ヤクルトスワローズ対中日ドラゴンズ(10月3日) (日本野球機構(NPB) / 2026-10-03)
- 試合経過 東京ヤクルトスワローズ対中日ドラゴンズ(10月3日) (日本野球機構(NPB) / 2026-10-03)
- 石川雅規引退試合特設ページ (東京ヤクルトスワローズ)
- 石川雅規投手が引退会見 (東京ヤクルトスワローズ / 2026-09-02)
- 神宮夜空に花火188発 引退試合臨んだ石川雅規の通算勝利数と同じ数が打ち上がる (日刊スポーツ / 2026-10-03)
記事内の情報は2026年10月03日21時11分時点のものです。

